ちょっとでも会いたい人がいたら会っておかないと、もう会えないかもしれない。
そう思う人たちが、1日で2人もいた。
1人目は直木賞作家の高橋治氏が死去のニュースに触れたことだった。
高橋氏は父の古くからの友人だった。
いちばん上のお子さんの年齢が私と同じということもあって、
子供のころ毎年夏になると、高橋氏の逗子のお宅に家族でお邪魔をして二家族で過ごした。
直木賞作家になるずっと前の話だ。
高橋氏は健啖家だった。
と言っても贅沢なものというわけではなく、ワイルドな素材を好んだ。
食卓には庭先で摘んだ「たんぽぽの葉」のサラダなど、珍しいものが上がった。
子供だった私には、苦くて食べられたものではない。
それでも「一口でいいから食べてごらん」
とチンパンジーのような顔をくしゃくしゃにして、
楽しそうに私の兄妹にも勧めてくる、面白いおじちゃんだった。
私の大好物は「活きアワビ」なのだけど、
それは高橋氏が海女さんの船に乗せてくれたからだ。
どこの海かは覚えていないけれど、民宿に泊まり海女さんと木の小舟に乗って沖まで出た。
そうして海女さんが次から次に、アワビやウニを潜って獲ってくる。
アワビの身を船上で手際よく殻から外し、
シャブシャブっと海水で洗ったものを差し出された。
その頃ひどい偏食で米と野菜以外が食べられない私だったが、
高橋のおじちゃんが「一口でいいから食べてごらん」と言うことはわかっていた。
スライスもされていない丸のままのアワビに、恐る恐るガブッと噛り付く。
「おいしい〜❤️」
海水の塩味と、新鮮なアワビのコラボに衝撃を受けた。
またその後海女小屋へ行き、炉端で焼いた殻付きのウニも海女さんが食べさせてくれた。
高橋氏が与えてくれた影響で、私は食材に並々ならぬ興味を抱くようになったと思う。
生まれ変わったら海女さんになりたいと思うのも、
このときの海女さんたちが、あまりにもカッコよかったからだ。
兄も未だに夏になると必ず逗子の海へ、我が子を連れて行っている。
きっとあの幸せな思い出が、大きく関わっているのだと思う。
その後私たち家族はタンザニアへ渡り、帰国すると九州に住むことになったので、
父と高橋氏の交流は続いたけど、私たちは会うことがなかった。
最後に話をしたのは、父の亡くなる数日前。
父の病床に詰めているとナースステーションから、
電話が掛かってきていると呼び出しがあった。
電話に出ると高橋のおじちゃんだった。
「セリちゃん?高橋です。お父さんに伝えて欲しいんだ。
(高橋氏が)抱えている裁判でお父さんにお世話になったんだけど、勝ったって伝えてくれるかな?
そう伝えてくれればわかるから。セリちゃんは毎日お父さんに付いていて、大丈夫かい?
体に気をつけるんだよ」
どんな裁判なのかも知らなかったけど、強い痛み止めで眠らされていた父に伝えてみた。
すると父は少しだけ目を覚まし「ワーイ!」と、子供のように喜んだ。
父にとって、とてもとても大切な人だったに違いない。
それ以来高橋氏と話すことはなかったけど、自分が文筆業を目指すようになって、
なにか作品ができたら高橋氏に見ていただきたいと、折に触れて思い出していた。
訃報を見つけたときに間に合わなかったと、残念に思った。
作品なんてどうでもいいから、会って文筆業を始めた報告だけでもしておけばよかった。
その話とは別に、音信が途絶えていた親戚の叔母の生存がわかった。
この叔母はずっと可愛がってくれた大切な叔母だった。
けれども遺産相続問題で親戚関係がグチャグチャになり、もう10年近く連絡が取れずにいた。
また今年の正月に兄が家を見に行くと、自宅が更地になっていたという。
生きていれば91歳。もう亡くなってしまったのかもしれないと思った。
従兄弟にあたる叔母の子供達の連絡先は知っていたけど、
骨肉の争いで揉めた後は、親戚が親戚でなくなってしまっていた。
もう会えない。
亡くなっていても仏壇に手を合わせることもできないのだと、
寂しいけど諦めることにした。
すると叔母はホームと自宅を行ったりきたりはしているけれども、
長男夫婦が郷里に戻り、一緒に暮らしているという知らせが入った。
更地になっていたのは、叔母が家の中で車椅子でも動き回れるよう、
自宅の建て直しをしていた時期に兄が訪れていたらしい。
高橋氏の訃報を目にしたまさにその日だったので、
「これはなにかが私に訴えている」と偶然のこととは思えなかった。
叔母には来月にでも日程を作って会いに行くことに決めた。
自分も含めて、誰もがいつまでも元気なわけではない。
当たり前だけど亡くなってしまえば、もう会えない。
新しいご縁にも感謝だけれど、今ある自分を作ってくれた人もいる。
「今頃あの人どうしているかな?」と思ったら、
そのときに会っておくかそうでないかで、訃報を受けたときの後悔の度合いが違う。
相手の年齢が若いとか高齢とか関係なく、会いたい人には会っておくことをお勧めする。
高橋治さんのご冥福を、心からお祈りいたします。
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