数日間ホテルに滞在した後、アパートへ移ることとなった。
中心地から車で20分ほど離れると、きれいな住宅地の景色に変わった。
全部中心地のようにごちゃごちゃしていると思っていたから、すごく安心した。
ここはもう臭くない。
物乞いもいない、道もきれい。
部屋は日本でいう4LDKだ。
日本から送った荷物も届いていて、味噌も醤油もある!
味噌は到着後、常温放置をしていたら、発酵が進んで一部爆発してしまったらしい。
使用人もいる。
「ナタニエルさん」というかなりのお年を召した男性。
「ナタニエルさん」
と呼ぶと
スワヒリ語で
「ナーム?(なに?)」
と答えてくれる。
スワヒリ語は日本語と同じローマ字読み。
発音も日本語とほぼ同じだから、覚えやすい。
日本語によく似た言葉もある。
「ンゴロンゴロ」という国立公園があるが、ここは傾斜のアップダウンが激しいから、ンゴロンゴロ。
ゴロンゴロンと似ている。
牛乳は「マジーワ(maziwa)」
「まじいわ(まずいわ)ください」と笑いをこらえながらお願いする。
ナタニエルさんは、絶対に笑わない。
ちょっと強面のご老人。
部屋の掃除や、洗濯(洗濯機がないので手洗い)、食事の下ごしらえの手伝いなどをしてくれた。
やっときれいなシーツのベッドに眠れる。
お米も食べられる。
外米はパラパラしているけど、圧力鍋で炊けば多少もちもちする。
母がロンドンで1本だけ買っていた、たくあんを切ってくれた。
日本であたりまえに食べていたものが、飛び上がるほどおいしい!
みんな我先に取り、ご飯の中に埋めて取っていないフリをして次のを取った。
たかだかたくあんで、こんなに感動する子供たちに笑えてしまうのだけど、
これほど食べ慣れたものを食べられる幸せを感じたのは、初めての経験だった。
あの味は忘れられない。
すべて快適。
ホテル滞在中に経験した生活が、そのままタンザニアの生活だと思っていた。
そうではないとわかると、目の前がパッと明るくなる。
引っ越し初日、快適なベッドで眠りに就くと、明け方に大音響で演歌ような音楽が流れてきた。
流れてきたというより、スピーカーで放送されていた。
同じ部屋で寝ていた妹と私は、跳ね起きた!
情念がこもっている大きな歌声。
「怖い!なんだろう?」
2人して毛布をかぶる。
朝になって父に聞くと、近所のモスクから流れるコーランだった。
説明されないと、知らないことばかり。
2、3日もすると大音響にも慣れて、飛び起きることもなくなった。
学校は空席待ちで、まだ入れなかったから、
しばらくは日本から郵送されてくる通信教育の教材で自宅学習をすることになった。
てっきり勉強をしないでいいと思い込んで(誰からもそんなことは言われていない)日本を出たのに。
でも久しぶりにする漢字の書き取りや、国語の教科書を読む感覚。
宿題もないし、怖い先生もいない。
大嫌いだった勉強に、そんなに抵抗がなくなっていた。
食料調達で訪れる市場に並ぶ見たことのない野菜、果物。
ニワトリも生きたまま売られている。
魚は砂浜に市場があり、私と同じくらいの年齢の子供たちが、獲れたてを漁船から次々と運んできて売られている。
外国人はぼったくりに遭うので、
どこに行っても値段交渉をしないと、
とんでもない値段を吹っかけられる。
母は買い物に行くたびに、真剣勝負で値段の駆け引きをしなければならない。
家族のなかで誰よりも母が、真っ先に公用語であるスワヒリ語の達人となった。
獲れたての新鮮な魚には、砂浜の砂がまぶされている。
灼熱の太陽光を遮断して、鮮度を保つ生活の知恵。
だけれども魚を持って帰ってくると、砂を洗い落とすのが大変だったみたいだ。
料亭の娘として生まれた母は、魚の調理もうまい。
大きな鯛に似た魚も、スイスイと下ろす。
赤貝を甘辛く炊いたもの、茹でたカニ。
新鮮なお造りが、毎日のようにテーブルに並べられる。
私は日本にいたときは、ひどい偏食だった。
肉、魚、卵、乳製品がとても苦手だった。
今考えるとベジタリアンだった。
そのベジタリアンだった私がタンザニアへ渡りしばらくすると、
かつて苦手だったものが、なんでも食べられるようになった。
成長期に差し掛かったのも、理由のひとつだろうと思う。
新鮮な素材、汚染されていない空気、日本食を外国で食べられる感謝。
そんな良い条件が重なり、誰から言われることなく、好き嫌いをどんどん克服することができた。
日本で好き嫌いがあるということは、行儀が悪いと怒られていて大きなコンプレックスのひとつだった。
食べられないものが食べられるようになるだけで、9歳まで抱えていたその他のコンプレックス、勉強ができない、スポーツも得意ではない……などなど。
タンザニアに住んでいる間に、かつて抱えていたたくさんのコンプレックスはひとつまたひとつと克服され、大きな自信につながった。
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