ビストロ・シェフのある日のつぶやき

「素材がダメだとわかったらそれ以上調理を続けても、調味料が無駄になるんですよ。調味料も高いですからね。深追いは厳禁です」

ビストロで美味しく食事をしていた、ある日のこと。

遅い時間の食事だったので「ごゆっくり召し上がってください」と言いながら翌日の仕込みをシェフが始めました。

あらかじめ下ごしらえしたであろう食材を切りながら、首を傾げてじーっと食材を眺めています。

一口食べたかと思うと、切っている食材すべてを捨ててしまいました。

調理場をぐるっと囲むカウンター席が、10個ほどの小さなお店。

調理場は丸見えです。

見るともなく見ていた私は捨てた瞬間、思わず「あー!もったいない!」と口走ってしまったときに、シェフが言った言葉でした。

そのお店は素人の私が食べてもわかるほど、美味しい調味料を使っていました。

塩とオリーブオイルにパンを浸して食べると、全粒粉のいい香りがフワっと鼻に抜けて、かすかにレモンの香りが漂うオリーブオイルと尖っていない塩の風味がたまりません。

お料理が出てくる前のパンを食べただけで「美味しい」と言葉にしてしまうほどです。

スパイスやハーブの使い方も絶妙で、私はこのシェフのさじ加減をとても気に入っていました。

「あのシェフは仕入れのときによく一緒になるけど、うちが刺身で出す魚を、大きな切り身のムニエルにしちゃうからぜいたくだよー!」とお寿司屋さんも絶賛するほど、食材にこだわるシェフです。

けれども一気に捨てる瞬間を見てしまった私は、いけないものを見てしまったような気になっていました。

プロでも見た目だけでは、判別できない食材があるんですよ

そのシェフは私を慰めるかのように、少し微笑みながら話を続けました。

「男と女に似ていますね。ものすごい美人を夢中になって追いかけるけど、実は浪費目的に自分と付き合っていたことがわかる。でも自分が騙されているって信じたくなくて、スッカラカンになるまで深追いをして最後は捨てられる」と絶妙な例え話に、私は膝を打ちました。

そうして「調理経験をどれだけ積んでも本当に美味しいのかは、見た目だけではわからないものもあるんです」と言いました。

「ガス代も調味料も自分の人件費だってタダじゃない。なによりこんなに小さな店で、お客さんにまずい料理を出したと評判が立ったら、死活問題です。食材の選択ミスを認めらないと審美眼は育たないし、調味料やハーブ、スパイスで味をごまかす癖がついてしまいます」

なるほど、なるほど。よーくわかりました。

悔しくて深追いをして、捨て台詞や浪花節を吐いても、深追いは死活問題なのですね。

素材が良くないものを、選んでしまった自分を認めてあきらめていいのですね。

捨てられてしまった食材は気の毒でしたが、食材に罪がなければ、捨てる自分にも罪はない。

そこを見切る潔さを持てるかどうかが、プロとしてのお仕事なのですね。

「腕でごまかすことは、自分をごまかす癖がつく」

うふふふ、貴重な人生訓いっただき〜!


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