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皆さんは幼少期の記憶って、何歳からあるだろう?
私は3歳からだ。

傾聴ライティングの第2弾にお申し込みくださった方は、
2歳から記憶があると言う。
それは温かい記憶だ。

関西地方在住のEさん50代前半は、
夫とともに自営業を営んでいる。

長女、長男と大学生の2人のお子さんのうちの1人は、
地元を離れた大学へ通うため、地方で一人暮らし。
現在は夫と長男の3人で幸せに暮らしている。

大きな瞳が愛くるしく、おっとりとした話し方。
ほがらかで、包み込むような優しいイメージの人だ。

誰にも頼ることができない幼稚園児

2歳の頃から記憶があるというEさんは、
スキンシップがとても多かったことを覚えている。
なにかがあると、すぐに母親は抱っこをしてくれていた。

でもそれ以外のことは、まったくしてくれない母だった。

幼稚園で明日の持ち物を伝えられても、
母は持たせてくれず、
幼稚園バスの時刻が変更になっても知らんぷり。
「今日は大丈夫だろうか?」
と不安でドキドキしながら通っていた。

またお遊戯の小人の帽子に付ける
毛糸のボンボンを持ってくるように言われていても、
母はボンボンの作り方がわからない。

料理も作れないから、
人に見せらないようなお弁当を持たされる。

「この人おかしい。大丈夫だろうか?」
と幼稚園児の頃から不安と心配が絶えなかった。

母はEさんから言わせると、
「近県の超ど田舎の出身」
そんな母が嫁いだEさんの父親の土地は、
同じ苗字の人だらけが住む、
伝統のある一族の地域だった。

つまりご近所さんに親族しかいないという、
「壁に耳あり、障子に目あり」
地方都市にありがちな息苦しい環境。

嫁がせた母の実家側から見れば、
「いいところに嫁いでよかったね」
と母がよく言われていたことをEさんは覚えている。

母は自分のできないことを知られることを嫌い、
わからないことがあっても聞いて回ることはしない。
それにより母自身のストレスと、
コンプレックスがどんどん増えていった。

近所付き合いも極端に嫌い、
Eさんの幼稚園生活にまでしわ寄せがきていた。

大好きな父のために

父は自分のことをとてもよく可愛がってくれた。
母のできない世話も代わりにしてくれていたし、
一人娘である自分の成長を、喜んでくれていた。

そんな父をEさんも大好きだった。

でも全国に支社のある会社へ勤めていた父は、
月の半分は遠くへ行って帰ってこれない。

父の不在時にご近所の寄り合いなどがあると、
母はパニックに陥ってオロオロし始める。
戸締りさえどのようにすればいいのか、
わからなくなるほど、うろたえていた。

3つ上の兄は、母と同じでなにもできない子だった。
無表情で九九さえ覚えられない。

父のいないときは誰にも頼ることができず、
幼いながら
「大好きな父親のために自分がしっかりしなければ」
そう自分に言い聞かせていた。

母の精神病が発症した!

Eさんが小学校に上がると、
母はおかしな行動を取るようになる。
幻聴で「食べてはダメ」と聞こえたと言って、
何日も食べずにやせ細り、
病院へ連れて行くと死にかけていたことがわかった。

それ以外にも一人で山の中へ入って行き、
電話をかけてきたことで大騒ぎになって捜索をした。

精神病を発症していたのだ。
病名はいまだに両親から聞かされていないが、
大人になって自分で調べると
「統合失調症」が症状として、あてはまった。

なんでうちだけが、こんなのなの?

母が病気療養で実家へ帰ってしまい、
父が仕事で不在のときは、
近所の父方の親戚へ兄と一緒に預けられていた。

そこの家では美味しいごはんを食べさせてもらい、
お風呂に入れてくれるなど、とてもよくしてもらえた。

親戚の温かさが逆に自分の家庭を
「みじめ」
なものだと気づかされてしまった。

「なんでうちだけが、こんなのなの?」
みじめで心が張り裂けそうになる。
「なぜ母はもっと自分をよくしようと思わないのか!」
怒りの気持ちを押し殺しながら、育っていった。

私に世話をかけるな!母から送られる無言のサイン

母は自分そっくりで、
なにもできない兄のことをとても可愛がった。

Eさんにも手をあげたり、暴言を吐いたことはない。

けれどもEさんが熱を出したときに病院へ連れては行くけど、
あからさまに面倒臭そうな態度をあらわす。

髪の毛も結んだり絡んだりしないよう、
ジャキジャキの短いおかっぱにされていた。
この髪型は大嫌いだった。
もっと髪を伸ばして、可愛くなりたかった。

「大丈夫?」とか言われたこともないし、
なにかいいことをしても、褒めてもらったこともない。
兄とはまったく違う接し方をされていた。

小学校の身体測定で聴診器に雑音が混じり、
再検査の紙を学校から渡された。

それを母親に見せることができなかった。
見せればまた、うとましそうな態度を
自分に向けることがわかっていたからだ。

幸い母に知られることなく、再検査を受けることができた。

「心臓肥大」ではあるけれど日常生活に問題はないと
書いてある紙を辞書で必死に調べて
「異常なし」
と書いてあることを自分で読み取ってから、
やっと母に見せることができた。

こうした生育歴により、
次第にEさんは正義心の強い子として、成長していく。

第2話に続きます。


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