テーブルマナーに厳しかった親

私の育った家は、テーブルマナーにかなり厳しかったです。

お箸の持ち方、食事中にヒジをつくこと、幼稚園のころからナイフとフォークを使うことも教え込まれていました。

よその子たちに比べて私たち兄妹は、比較的食事中のマナーはよかった方だと思います。

誰かの家や外食時に食事中のマナーが悪いと怒られるのは、決まってよその子でした。

だから小学生で海外に住むことになっても、困らなかったことはよかったのです。

善良なオランダ人ご夫婦宅での、苦い思い出

それほど教え込まれていたのにも関わらず、私はある家へ行くとどうしてもしてしまうことがありました。

子供のいないオランダ人のご夫婦宅で、子供たちをいつも歓迎してくれる優しい人たちでした。

ご主人が黒パンのスライスにゴーダチーズとビーツを乗せて「ダッチスタイル(オランダ流)だよ」と言ってオープン・サンドイッチの作り方を教えてくれて、美味しそうに食べるデモンストレーションをしてくれます。

その食べる様子があまりにも美味しそうで、私たちもそれに習って自分たちでサンドイッチを作ります。

日本の手巻き寿司パーティーに似ていて、あれこれと家のサンドイッチにはない具材を選べるのが楽しかったのです。

ところが具材を大皿から自分のお皿へ移すときに、私のヒジが紅茶のカップにあたり倒してしまいました。

オランダ人は、とてもきれい好きな民族です。

テーブルクロスはいつも新品同然で、ノリの効いた布地にピシッとアイロンが掛けられていました。

こぼれた紅茶はみるみる真っ白いレースのテーブルクロスに、茶色いシミになって広がります。

奥さんは優しく笑いながら新しいクロスに変えてくれて、新しい紅茶も注いでくれました。

そのお宅でだけ、いつもこぼしてしまうようになりました

その後もなんどもお呼ばれをして食事をご馳走になりましたが、それ以来なぜかそこの家ではこぼしてしまいます。

可愛い赤いギンガムチェックのクロスには、お肉のソースを。

黄色の花柄のクロスには、ケチャップを飛び散らしてしまいます。

こぼすものは決まって色抜きがしにくいものに限られていて、自分でも申し訳ないとそのたびに謝ります。

それでも必ずその家へ行ってこぼしてしまうのは、我ながら不思議で悔しくてたまりませんでした。

「テーブルクロスの替えは、何枚でもあるのよ」と言われてしまいました

段々とそのお宅からのお呼ばれが苦痛になり、私は怒られたわけでもないのに、遊びに行くのをやめるようになりました。

ある日自宅で留守番をしていると、奥さんから電話がかかってきました。

「セリ、最近きてくれないから寂しいわ」と言われても「自分はこぼしてしまうから」とはさすがに言えません。

「テーブルクロスを敷くのは、あなたたち日本人がおはしを食事で使うのと同じことなの。だから敷かないわけにはいかないことわかる?」と言ってくれます。

「はい、わかります」と答えました。

「でもね、テーブルクロスの替えは何枚でもあるの。私は汚されることより、セリが楽しそうに食べてくれる姿を見るのが嬉しいのよ」と言ってくれました。

自分の持つタブーほど、自分を縛りつける

その次のお呼ばれに、私は行くことにしました。

「替えは何枚でもある」と言われただけで、こぼさなくなりました。

「(テーブルマナーのいいはずの)私がこぼすはずはない」という過信の元で、こぼしてしまった自分にガッカリしていたのです。

テーブルマナーがいいのは当時10歳だった私の、数少ないほめられる要素でした。

それゆえ「私がこぼすはずがない、だからこぼしては絶対にならない」という呪文で自分を縛っていたのです。

過信をしていないか?自分は本当に誰かから責められているか?

誰も責めていないのに「責められるのではないか?自分はそんな人間ではない」と身構えしてしまうことは、ありませんか?

実は誰も責めていなければ、自分もそれほどすごくないということもあります。

仮に実力があっても「サルも木から落ちる」ことだってあるでしょう。

過信は自分への責めに転じますし、責められていないという事実を見なければ「(こぼすことがわかっていて)テーブルクロスを敷く相手が悪い」という責任転嫁にもなりかねません。

禁じられることは他者からでも自らでもストレスですし、案外自分で自分を縛りつけて、身動きが取れなくなっていることも多いのです。

思わぬミスをしたとき、冷静になって一度点検してみてはいかがでしょう?


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