暗い過去を背負っていても、いつでもやり直せますよ

現在私はおかげさまで日々明るく楽しく、暮らすことができています。
私の育った家庭環境は海外で暮らすことができるなど大きく恵まれて育った部分と、親から(特に母親から)愛されなかったという、激しく欠落した部分の入り混じった人生をこれまで過ごしてきました。

このブログの過去記事にも、私のエキセントリックだった過去はすでに書いております。
ブログをお読みいただいて人から言われるようになってのは「あの大変な時代を過ごしてきて、なぜ今はそんなに明るく生きていけるの?」という部分です。

私は特別強い人間ではありません。
今だって、とても弱い部分を持っています。
それでもパニック障害を発症する前と、その後の人生は大きく違います。

 

私を幼少期から苦しめていたのは、母から拒絶をされて愛してもらえなかった不安感からくる自殺願望でした。
この感情はとても厄介で、甘えだと言われようが、人からなんと励まされようがどうにもならないものでした。

そうしてこの厄介な感情が、ゼロになることはないと思っています。
けれども自分自身で寄り添って、救いあげることは可能でした。

この感情との付き合い方がわかっただけで、人生は明るいものになりました。
誰の心も一定ではありません。でもその振り幅を小さくすることで、生きていくのがグッと楽になります。

自分の経験を踏まえて楽しい人生を、いつからでも送り直すことができるのだということをこれからしばらく綴りたいと考えています。

生きる気力が弱ってしまった人たちへ

今苦しい気持ちで悩んでいる人、死を思いつめている人に知っていただきたくて書いています。
もうやりたいことや、会いたい人がいないと感じているのでしょうか?
あるいはものすごく恐ろしい目にあってしまって、人が信じられなくなっているのでしょうか?
それすらも考えたくないほど、疲れてしまっていますか?

そんな自分が、情けないと思っていませんか?

精神的に極限まで疲れると、どんな人でもうつになり自殺願望は芽生えます。

自分を大切にしている人たちは極限まで自分を追い詰めたり、疲れさせない術を心得ているかの違いなだけです。
だから死にたくなる自分が弱いからとか、頭がおかしいなどと思わないでください。

「死ぬ気になればなんでもできる」などと、私は思いません。

私がそう言われたときに「死ぬ気でがんばるパワーが残っていないから死ぬしかないのに」って面と向かっては言いませんでしたが、心の中でそう思っていました。
そのときは疲れすぎていて、面と向かって言う気力もありませんでした。

なので私にとって無意味だった言葉を、言うつもりはありません。
そもそも自殺願望が顔をのぞかせるときは無理をしすぎていて、いい感情が浮かばないほど疲れ果てているときです。
だから「心置きなく休める環境を作って」と伝えています。

まず死ぬ気でがんばれるのは、元気な人なのだということを知ってください。

どうしてそんなに疲れているの?

楽しいことがなにも浮かばなくなってしまうのは、いつも「自分以外の誰かのため」にがんばっているからではないでしょうか?
家族のため、会社のため……自分を犠牲にして「誰かの役に立とう」としているのではないでしょうか?
誰かの役に立って認めてもらえなければ、自分の存在価値が揺らぐと思ってはいないでしょうか?

昨日書いたボストンで出会った女の子のように、あんなに激しい口調で怒る母親に、大人になった今でも私には近寄ることはできません。
そうして「あなたは悪くない」とあの女の子に伝えたかったのは、まだ幼いうちは親のけんかを見ても、親の不機嫌さも、すべて子供が「自分のせいだ」と自分の存在が迷惑をかけているように思い込んで、自分の存在そのものを否定をしてしまうからです。

でもそうではなくて、お母さんの心に娘の声を聞く余裕がないのです。
娘の声どころか子供をののしっている自分が、大衆からどう見られているのかさえも見えていません。
それだけでお母さんの心の不安定さと、孤独を感じることができます。

ジェットコースターのように感情の起伏の激しい親に育てられてしまえば、自分の存在価値がとても低くなるのは仕方のないことです。

そうして親の機嫌に全ての神経を注いでしまえば、自分の楽しみは二の次、三の次と後回しになってしまいます。
これは幼いころから他者へ尽くすよう、かけられてしまった「呪い」と同じようなものだと私は思っています。

呪いが解けなければ、自分の心のコントロールを誰かにゆだねている操り人形と同じです。
仕事をしていても、結婚をしても、誰かの都合のいいようにしか動けなくなってしまうのです。

そうして誰かのために疲れ果てるまで気を配って、気を配った相手から背を向けられれば心は壊れてしまいます。
自分は生きている価値がないと思い込んで、大人になっても幼いころに満たされなかった心の中の小さな自分(インナーチャイルド)が泣きだすのです。
あのボストンの女の子のようにギリギリまでがまんしすぎた感情が、大人になっても爆発してしまうのです。
それが自殺願望の正体です。

なにも考えられなくなるほど疲れてしまったときは、今あなたの心を操っている人を遮断してください。

そうして誰はばかることなく泣ける場所を探して、行ってください。
きっといろんな人へ気を使いすぎて、泣くこともできずにいたことに気がつくでしょう。

泣きたいだけ泣いたら、眠りましょう。1時間でも30分でも眠ってください。
起きてまた悲しくなったら、泣いてください。そうして泣き疲れ果てて眠る。

操り人形だった自分の呪いを解くためにも、疲れを取ることがまず先決です。


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