先日「行列ができる法律相談」という番組を、
たまたま見ていると
「東大女装教授 安冨歩」
という人が出てきた。
ネットで話題になっている人だそうだが、
私はこの番組で初めて知った。
奥さんは女装を受け入れてくれていることなど、
興味本位で見ていた。
甥がまだ幼稚園児だったころ、
私が口紅を塗り直す様子を見ていて、
自分にも塗ってくれとせがまれた。
甥の母親から許可をもらい塗ってあげた。
すると自分の顔をうっとりと見入って、
嬉しそうに
「わははー!」
と喜んでいた。
子供のころ好きだったことは、
大人になっても好きでいつづけることが多い。
(甥がいまだに化粧好きというわけではない。笑)
なのに大人になると子供のころの愛着を、
手放してしまわざる得ないことが出てくる。
たまたま男性として生まれてきただけで、
子供のときは許された楽しかったことを、
大人になり常識的な言動を求められることで、
心に蓋をしてしまわざるを得なくなるというのは、
いささか理不尽なことに感じられた。
そのあと教授が他の男性ゲスト出演者に
「いかがですか?」
と冗談で笑いながら女装を勧めていたが、
誰もが苦笑いをしていた。
すると教授が
「そういう人が電車で痴漢をしてしまったりするのですよ!」
と笑いながら言った言葉が心に響いた。
女装をすれば痴漢行為の欲求が
なくなるというわけではないだろう?
その言葉が頭から離れず
安冨教授をネットで検索すると、
ある記事が目に止まった。
そこには、
「私自身の内的葛藤の正体を突き詰めていくうちに、
自己の性認識にズレがあることに気がつきました。
私は肉体的に男性で、性的対象は女性ですが、
性的自己認識は女性性が強かったのです。
その隠蔽が他者に対する攻撃性を生みかねないと考えて、
隠さないとしたのです」
「大和撫子譚より」
教授は50歳から女装を始めたと
ネットには書いてあった。
(現在は51歳)
「身も心も男として生きる」
というところにズレがあることに気がつくまで、
それほどまでの強い攻撃性を自分の理性で押し殺して
生きてきたことがうかがえる。
「痴漢をしてしまったりするのですよ!」
という発言の真意がやっとわかった。
痴漢は許しがたい暴力だ。
「怒り」
の感情は親の言動、兄弟や友達からのイジメなど
さまざまな社会的な要因で生まれるわけだけど、
それを忘れなければ辛くて生きていけないから、
忘れるように脳が働きかける。
でも心の奥深くには決して忘れることなく残っている。
自分の本当にやりたいことを押し殺して生きるのは、
諦めや悲しみの感情を生み出し、
鬱感情を生み出すことでは止まらず、
他者を攻撃しまうほどの
「強烈な怒り」
まで発展する可能性があることを教授から教えられた。
東大教授という権威のある肩書きを持つ人が
ご自分の内なる怒りと向き合い、
50歳にして女装という
誰も傷つけない方法で
怒りを解消されたことは、
ものすごい偉業に思えた。
なんの権威もない私なら、
体裁さえ気にしなければ、
人から見て奇異なことでも
もっともっと諦めていたり、
忘れかけていた自分のやりたいことから
目を背けずにいることもたやすい。
誰も傷つけずに解消する方法がきっとあるはずだ。
それが結果
「他者への攻撃性」
を防いで自分も周りも幸せにできるのなら、
たとえ思い出したくないような
自分の内的怒りでも、大いに目を向け
解消する方法を探りたい。
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