罪悪感を持つ親の子供は明るい

自宅で子供に英会話を教えていたころ、授業が終わって家へすぐに帰る子と、いつまでも帰りたがらない子に別れていました。

すぐ家に帰る子供の保護者は、シングルペアレントでもとても明るい人たちでした。

家に帰らない子供の保護者は、シングルペアレントも、夫婦で子育てしていてもどこか陰がありました。

陰がある保護者は横暴なご主人の奥さんや、病気がちの奥さんを抱えたご主人だったり。

シングルペアレントとして育てていてとても大変など、事情はさまざまでしたが陰となる原因は確かにありました。

そうして不思議だったのは、陰のある保護者の子供の方がやたらと明るいのです。

明るい保護者の子供も暗くはないのですが、喜怒哀楽がはっきりとしています。

なかでもいちばん明るかった子供のお父さんは、その前の年に病気で亡くなっていました。

またその子のお母さんも病気がちで、貯金を切り崩して生活をしていると入学時に説明をしていました。

当時22歳だった私に「先生、私はこの子が不憫で。先生のような人に可愛がってもらえて、ありがたいです」とお母さんは面談のときに言っていました。

罪悪感からは、なにも生み出さない

そのお母さんは自分が病弱なことと、ご主人が亡くなられたこと。

自分が病弱だったから、ご主人に心労をかけて早死にさせてしまったのではないか?

また自分は体が弱くて、大した料理も子供に作ってあげられないことを嘆いていました。

私は感情の起伏の激しい母親に育てられて、小学校から家に帰ると母の顔色をいつも見ていました。

母の機嫌のいいときは「おかえり」と笑って言ってくれますが、機嫌のいいときの母は妹とどこかへ行ってしまっていることも多く、自分で鍵を開けて入っていました。

誰もいない家は寂しくて、家にいるのは嫌いでした。

また母が家にいても機嫌が悪いときは、すぐさまなにか家事をやるように命令されていました。

「洗濯物を取り込みなさい、お風呂を洗いなさい、米を研ぎなさい、ぬか床をかき混ぜて新しい野菜を入れなさい」

母はイライラしながら、私にそれらの家事を命令するのです。

これも自分で感情のコントロールができない、母自身の持つ罪悪感だったのです。

それを自分でもどうしていいかわからないから、自分に対するイラだちを子供にぶつけていました。

暗くするくらいなら、なにもしなくていい

お母さんの話を聞いてその子の突き抜けた明るさは、母親の罪悪感をブロックしているものなのだと感じました。

このころの私はまだ心理学など勉強していなかったので、原因追求などはできない時期です。

けれども私なりに、自分の育った環境と照らし合わせてお母さんへお伝えしてみたのです。

「うまく言えませんがお子さんはお母さんの背負われている罪悪感を、理解していないと思うのです。ただ家のなかが暗いのがイヤなことは私がそうだったので同じかもしれません」

するとお母さんから「もっとがんばらなければ、あの子は私を嫌いになりますか?」と聞かれました。

「いえ、がんばらなきゃならないのに、がんばれないイラだちがお子さんを苦しめるのではないでしょうか?」と答えて、私の幼児体験をお伝えしました。

「『いってらっしゃい』『おかえり』『(あなたが)大好き』『大事』を笑顔で毎日伝えてみてください」と言いました。

それと具合が悪くて作れないときは、カップ麺でもお弁当でもいいので「(こんなもので)ごめんね」と言わないでください。

という2点をお伝えしました。

あの子は駆けて帰っていった

その次の授業が終わると、その子はいち早く帰るようになりました。

「お母さんと一緒に、お弁当を買いに行くのー!」と靴を履くのももどかしそうに。

授業中には「お母さんがね、五目ごはんの素で炊き込みごはんを作ってくれておいしかったんだ」と話すようになりました。

それまで明るいだけで、家のことは一切話をしていませんでした。

私はその2ヶ月後に大人対象の英会話学校へ移ってしまったのですが、ある日街中でパッタリと再会しました。

顔色がとてもよくなったお母さんに、からみつくように甘えているその子を見て嬉しかったです。

お母さんが「先生に言われた通りにしただけで、私もとても元気になりました」と言われました。

罪悪感は闇以外なにも生産しないのです。影響は子供に限ったことではありません。

大人同士の言葉の暴力や、心身の暴力の裏にも必ず罪悪感が潜んでいます。

家庭をよくしたい健康でありたいと願うのなら、抱えている罪悪感を探して葬り去ったほうがいいです。


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