甥っ子小学校最後のピアノ発表会

甥の小学校最後の発表会ということで、見にきてほしいと親◯カの兄から頼まれました。

ちなみに我が家は全員内弁慶です。

甥っ子も例外なく生まれながらの内弁慶で、家族や親族の前では歌ったり踊ったりするのですが、人前に出るとモジモジしてしまいます。

また甥っ子は第一子の気質らしく、とても慎重派で完璧主義です。

宿題を忘れたり遅刻をしたりは絶対にしてはならない、いわゆる「ねばならない教」の信者です。

発表会会場へ出向くと唇は真っ青、顔はこわばって変な笑顔をしています。

ついでに歩き方まで忘れてしまったようで、右手と右足が同時に出ているのではないか?と思うほどのギクシャクとした歩き方です。

よく見ると親も一緒になって、ガチガチです

「大丈夫って言っているんだけどね」と兄の奥さんは言いますが、同じく顔が引きつっています。

また兄の顔も能面のように固まりながら笑っているので、はっきり言って怖い。

会場の中に入りステージに置いてあるピアノを見た瞬間、甥っ子はさらに緊張が深まり吐くのではないかと思うほど顔面蒼白です。

「ねぇ、失敗したらどうしよう」と手に「人」の文字を書きながら、じゃんじゃん飲み込みます。

「大丈夫だって〜、リラックスして」と優しい兄の奥さんは言いますが、聞こえない様子です。

こんなときの叔母はスパルタです

甥っ子を私の方へ呼び寄せて私の真ん前に立たせます。

ジーっと目を見ながら「もっと緊張して」と真顔で小さくひとこと言いました。

すると一瞬キョトンとなりましたが「ハハハ」と笑い始めます。

無表情で「笑っていないで、ちゃんともっと緊張して」と言うとさらに笑いが止まらなくなります。

そうして私とのやりとりが面白かったそうで、兄も兄の奥さんも一緒になって爆笑しています。

それで親子とも、緊張はほどけました。

演奏の最初の30秒ほどつっかえましたが、その後はスラスラと最後まで力強く弾き終わりステージから戻ってきました。

大丈夫とか、心配ないという気安めより促進したほうが効果的

大丈夫とか心配ないという言葉は、通常励ましの要素として使われることが多いかと思います。

しかしながら本当の緊張やパニックに襲われていっぱいいっぱいでいる場合、当人ににとって他人事であり無責任な言葉に聞こえる言葉がけにもなりかねません。

またある意味「緊張してはならない」という禁止事項を言い渡されているような感覚も受けるのです。

悲しんでいる人へ「大丈夫」というと「悲しい様子を見せてはならない」

病気をしている人へ「心配ない」というと「苦しい姿を見せてはならない」というおまじないというか、呪いのように聞こえる場合があるのです。

自分も他人も自由な表現を消さないで

ですから促進するというのは、禁止されたものの許可を出すという効果があります。

この方法は子供ではなく、大人にも有効です。

禁止されれば反発をしたり抵抗感が発生したりして、心に負荷がかかります。

しかしながら出し切ることで体の力が抜けて、伸び伸びと本来の力を発揮することができるのです。

体に力が入っているのは、自分で自分に重い負荷をわざわざかけている状態です。

「こんなことしてはならぬ」「こんなこと言ってはならぬ」「嫌われてはならぬ」などなどの強い禁止令を出していませんか?

禁止を解く指令を出すのは他者へも有効なら、自分へも有効なんです。

緊張しているときは「もっと緊張してみよう」

悲しいときは「もっと泣いてみよう」

慌てているときは「もっと慌ててみよう」と真顔で自分へ念じてみてください。

すると自分にかけている負荷を客観視(俯瞰)する状態になり「ハハハ」と笑い出し肩の力は抜けます。


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