自分の名前「中野セリ」を初めてGoogle検索エンジンにかけてみた。
するとかさこさんやその他のお友達が以前Facebookでシェアをしてくれた、今年5月に書いた心から尽くしても、相手の望まない善意は害悪になるという過去記事が、自分の知らないあちこちのサイトで拡散されていることを知った。
ブログで紹介してくれていた人もいた。
とても嬉しく、感謝とともに驚いた。
この記事のPVが900ほど行ったのもブログを開設して以来、初めてのことだった。
(まだこれ以降も、これほどまでにPVが上がったことはない)
読まれていたことはPVから知っていたけれど、拡散されていたことまでは知らない。
そうして検索結果を追っていると、はてなブックマークに保存をしてくれていた人の記事を発見してもっと驚く。
なんとブログを始めた今年2月のアフリカ上陸!という記事だった。
hidehara 1975年〜1978年の頃のタンザニア・ダルエスサラームの生活などが紹介されている。リアルだ。
と書かれてあった。
(注:計算のできない私は年号を間違えていました。数日後に修正したのだけど、正しくは1976年〜1979年と1年ずれています。)
ちなみにこの頃のPVは1日わずか5〜30ていど😭
「家族問題」をブログに取り上げようと立ち上げたものの、なにから手をつけていいのかわからなかった。
そこでとりあえず自己開示優先で、書き進めていた。
もう40年も前の話だからこの記事を読んでも、これからアフリカ旅行をする人の役にも立たない。
ただ自分の変わった生育歴(育った環境)を開示して、どんな人間が書いているということを知っていただきたかった。
まだほとんどの友人にもブログを開設したことも伝えていず、誰も見ていないということもあって好き勝手書いていた。
「アフリカの情報おもしろかった」と言ってくれた人もいたが、それは私を知っている人だけが興味を持ってくれていることだと思っていた。
反面「書きたいことを書くだけで本当にいいのかな?」と誰にも見てもらえないブログに不安を覚えてもいた時期だった。
hideharaさんのブックマークを発見して、不安だった当時の私の記事に共感してくれていたことが嬉しかった。
もし投稿をした2月の時点でhideharaさんのコメントを見つけていたら、このブログは「1975〜1978年のタンザニア」に特化したブログになっていたかもしれない(冗談です)それほど嬉しいことだった。
ブログ未経験だったから、WordPressと既成のプロバイダーブログの違いが、なんなのかも知らなかった。
「独自ドメインが取れますよ」と言われても豚に真珠で、まったく価値がわかっていなかった。
どれほど価値がわかっていなかったかというと「アメブロで投稿が削除された!」という誰かの情報を見かけると「あ〜私もされてしまうかも!」と思っていたほどだ。
ただ「ホームページとブログが一体型のもの」という説明だけに惹かれて、飛びついた。
「いずれホームページも作らなければならないのなら、同時にできたほうがいい」と実に安易な発想。
本当に無知って恐ろしい。
無知なのはwebの話だけではない。
無知ゆえの「怖いもの知らず」で私の人生ここまできている。
「セリさんの書くことはパンチがあるね」と言われても「えっ?パンチありますか?」
「自己開示なんて自分にはできないわ」と言われたら「そうなんだ、そんなに難しいことなのか」
などなど自分にとってはどうってことないことが、人にとっては難しいことを知る。
また自分にとってまったくわからないwebの世界が、人にとってはお茶の子さいさいだったりもする。
誰も見ているわけがないと思っていても、誰かが見ている。
私の知らない場所で共感してくれたり、記事についてしみじみと語っている場があった。
誰かの心に問いかける力があることなど、まったく知るよしもなくブログを始めて5ヶ月が過ぎた。
無知だから知ろうとする。
無知ゆえに自分をよく見せたり、守る術を知らない。
自分が無知だとわかっているから「知らないの?」と呆れられても傷つかないし隠さない。
無知であることは私のいちばんの強みかもしれないと、思わせてくれた自分の名前の検索結果だった。
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