自分の子どもに、どんな大人になってほしい?

子どものいない私ですが「自分に子どもがいたら、どんな大人に育ってほしい」という空想はずっとあります。

  • 明るい性格でいてほしい
  • 人を信頼できる人でいてほしい
  • 日々笑って過ごしてほしい
  • 人を介さず、自分を満たす術を持っていてほしい
  • 自分の没頭する好きなことに、自信を持って取り組んでほしい

といったことを想像します。

これって全部「自分のなりたい自分」なのです。

自分軸を鍛えることができなくても、自分を違うフィルターを通して見ることはできる

依存的な親に育てられた人の、自分軸が弱い理由として「いつも親の理想の子になろうとしていた」ということが挙げられます。

共感力が強いあまり、自分を犠牲にしてまで親の氣持ちを優先してしまう。

もともとそういった素地があり、大人になるとさらに親と似たような「共感力を求める人」が集まる。

そうやってどんどん自分軸を弱くして行くのです。

とはいえいったん弱くなった自分軸に注力することは、とても難しいものです。

けれども親から「親の理想」を押し付けられた経験を、ここで活かすことはできると思います。

親の理想に応えることができたということは、自分の理想に応えることも可能だからです。

自分のことは見えづらいけど、自分の理想の子を通してなら見える

お子さんを持つ親御さんから「期待してはいけないと思うのだけど、どうしても期待してしまう」といったことを耳にします。

期待は職場でも、家庭でも、友人間とでも起こることでしょう。

期待自体は悪いものではなく相手をコントロールしてまで、自分の期待に応えさせようとすることがよくないわけです。

依存的な親でなくても空間を共にする相手には、誰しも少なからず期待をしています。

「こんなときくらい、優しい言葉をかけてほしい」だとか「なぜもっと相手の立場になって、考えることができないのか?」などの期待を相手に抱くことは、ありませんか。

またこれらの期待は「自分ならこうする」という発想がなければ、思い浮かばないことでもあります。

自分を楽にする方法を、人を介して知っているのです。

それならば自分のバーチャルな子どもをイメージして、自分をあてはめれば考えやすいと思うのです。

もしお子さんがいる人なら、自分が現在子供さんへ抱いている期待を、そのまま自分にあてはめればいいと思います。

親との精神的な二人羽織から脱することができないのであれば、自分と二人羽織をする

依存的な親は子どもと二人羽織をしている状態ですから「自分の期待は依存対象の子どもが、解消するもの」という発想へ変わっています。

もしここで親とではなく自分と二人羽織するイメージを想像すれば、どういったことになるでしょう?

親の口に食べ物を運ぶのなら、雑になってしまうかもしれません。

汚れた口の周りを拭き取るにしても、自分が背後にいて拭いてあげるのとは拭き方から違いませんか?

そうやって「どうしてほしい」という、自分の中にある正確な期待というものを知る。

すべての期待に応えることはできなくても「どの期待なら自分は、自分に対してどのように応えてあげられるだろう?」と振り分ける。

毎日ひとつだけでも、自分の期待に応えてあげてみてください。

期待に応えたけど、イマイチありがたくなかった

ここでもうひとつ出てくるメリットは「自分の期待していたことは、実は期待はずれだった」ということも起こり得ること。

困っているときに自分の助けてもらいたい方法で、自分の期待に応えてはみたけどあまり嬉しく感じなかったときです。

あまり嬉しくないどころか実は「ありがた迷惑だった」なんてことも、起こり得るのです。

人から期待に応えてもらうとどういった方法でも、感謝をしなくては失礼な氣持ちになりがちです。

これも共感力の強さゆえですが「自分がこうしてもらった場合、相手へ感謝をする」というすり込みがなされているから。

けれども自分に対してなら「こんな助け方役に立たないね」と笑うことも、平氣ではないでしょうか。

自分の期待に応えることができるようになると、他者への期待が極端に減る

自分の期待に正確に応えることができるようになると、人へ対する期待感が極端に減り始めます。

自分自身の満足感が飛躍的に上がることで、他者へ期待する場面が減るからです。

特にこれまで他者を満たすことに専念してきた人ほど、自分の期待に応えときの満足感の上昇率はすごいものがあります。

お腹を極限まで空かせている人が、ほんの少しの食べ物で満足できるような状態です。

また自分で満たすことができることを知り、自己承認感(自分を認める感覚)も確実にアップします。

それと「自分で満たすことができること」と「他者へお願いしてでも頼った方がいいこと」の区別がつきやすくなり、我慢をして1人で抱え込む機会が減ることでしょう。

「今なにをして欲しい?」と聞かれて、サッと答えられますか?

自分軸の弱い人は「なにをして欲しい?」と聞かれるのが、わりと苦手だったりします。

また答えることができても「それでは満たされないのでは?」と自分軸の強い人からすると、あまりにも消極的な願望を口にすることがあります。

けれども「あの人へあなたなら、なにをしてあげますか?」と聞くとサッと答えられることが多いです。

「他者へなにをしてあげられるか?」ということを、優先的に考える習慣をつけているからです。

だからといって「自分!自分!自分!」というのも自己中心的すぎるので「自分軸で考える」と言われても、どこから取り組んでいいのかわからなくなる人も多いようです。

そういったことから自分軸を鍛える意識を持つより「自分の子供にはどんな子に育ってほしい?」と問いかけることが、自分への期待に応える近道なのです。

そこで出た理想が、あなたの理想的な人間像ですから。


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