逃げる、逃げる、逃げる

やらなければならないことがあるのだけど、なかなかそれには取り組めない。

そんなときに脳が作り出すのは「いいわけ」です。

いいわけをするのは、脳が自分を守るために思考を逃して作り出すもの。

「じゃあ自分を守っている(大切にしている)のだから、いいんじゃない?」

それもその通りでもあるけど、そうでもない。

親との確執から逃げるのはいい

親との確執から逃れたい人は、若くして家を出ようとします。

私の大学は頑張れば実家から通える距離にありましたが、親から逃れたかった。

「親からだけ逃げ切れば私は私の自由に生きていける」と信じていました。

けれども不思議なことに、父や母と変わらない依存性を持つ人がきて私を悩ませる。

やっと両親との悩みから逃れているのに、目の前にある悩みは相手が変わったというだけ。

だからまた逃げる、逃げる、逃げる。

逃げながら、言いわけを重ねる日々

私はいろいろな人たちからの依存から、逃れたい。

母の情緒不安定から生じる依存だって「父が原因だ」と母は言っていたのに、父が亡くなっても治らない。

そうして私を自分の都合のいいように、動かそうとする。

「おかしい、なにかがおかしい」

それでも私は自分へ言い聞かせました。

親子なのだから「母はいつかきっと、私が悲しんでいることに気がつくはず」という言いわけをしながら。

それでも変わりません。

「おかしい、なにかがおかしい」同じ人間で血の繋がった親子が、こんなに分かり合えないものだろうか?

また違う言いわけを探しては、自分を傷つけないように守り続けます。

そうやって逃げ続けるなか、ある日気がついたのです

母を苦しめる父がいなくなれば、母は楽になると思っていた。

楽になったら、私へ母親らしくしてくれるにちがいない。

でも違った。

そうして逃げ続けるなかで、母がいなくなったら?

私はいったいどこにいるのだろう?

逃げ続けるのはいいけど、それは海外?

地球の裏側?

母が依存してきたくても、これないほどの遠くの地?

それはそれでいろんな場所で暮らせて楽しいかも、とまた思考を逃してあげる。

じゃあ私は楽になるの?

どこへ逃げるかわかりませんが、精神的距離を取りたくて物理的な距離を取った。

そうして取り続けてきても、依存的な人に取り囲まれている。

私はもう帰れないほど遠くの距離に行っていても、同じ世界が待っているだろう。

そうして母が仮に亡くなったとして、果たして私は楽になるのかな?

きっと距離だけ遠くへいるというだけで、私は楽になんてなっていない。

状況が同じなら、笑いながら暮らせているわけがない。

ただ逃げたいためだけに訪れたその場所は、私を匿(かくま)ってはくれるでしょう。

私は匿ってもらってはいるけど、その場所は逃げるために選んだ場所なだけ。

自分が惚れ込んで、移り住んだ場所ではない。

気がついたら、距離だけ遠くへ行ってしまっていた

問題はどこまでも、追っかけてきます。

問題自体を解決しなければ、どこまで逃げても追いかけてきます。

だけど問題自体を解決したなら、どこで暮らそうがもう逃げなくてもいい。

それに気がついたのは、30代半ばのことです。

そこからさまざまな模索を始めて、今は私の周りに成熟した人たちが存在します。

とはいえ依存的な人が、完璧にいなくなるわけではありません。

けれども「依存されている」と気がついた途端に、私は心理的距離を離すことができるようになりました。

皆さんもこのまま逃げ続けたら、どこへ行くのか考えてみてください

繰り返しますが、私は逃げること自体悪いことだと思っていません。

私自信が逃げてきましたし、逃げることで得たものもゼロではありません。

だから「逃げるな、直視しろ!」と言われれば、怖いというのも理解しているつもりです。

けれども逃げ続けた先に、いったいどんな人生が待ち受けているのか?

またそのとき別の場所へ逃げ切れるだけの体力、気力が自分に残っているのか?

それを考えた30代半ばで「10年後の自分が、逃げ切れる自信がない」と判断して今に至ります。

逃げるも逃げないも、皆さんは自由なのです。

ただ親の問題がきっかけだったとはいえ、逃げているのは自分。

私は逃亡者のような生活を送るのは、自分の性に合わないと考えました。

だって「私は悪いことしていないのに、どうして逃げないといけないの?」と私の中の自由な子供が問い続けるから。


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