Sさんとの一線を交え、
すっかり疲れた私は
早々に2 階の寝室に切り上げ眠った。
深夜に両親のいがみ合う大きな声が、
リビングから廊下の吹き抜けに響き渡ってきた。
「帰ってきていたのね。また喧嘩している…….」
無視して眠りに就こうとしたときに
「わー!」
という母の泣き声が聞こえた。
飛び起きて廊下に出た。
犬たちの吠える声まで、吹き抜けに響く。
犬たちは帰国する日本人から譲り受けた番犬で、
前の飼い主から
決して家の中に入らないように躾られていた。
一度首輪を引っ張って
「入っていいよ!おいで!おいで!」
と言っても、
頑として入らないほど賢い犬たちだった。
犬たちも察知するほどの危険?
「どうしたのー?」
2階の階段の上から、下のリビングにいる
両親に大きな声で叫んだ。
なにも返事がない。
ただ私の声かけで、
父の声のトーンが明らかに下がった。
耳をすませて様子をうかがっていると
「〜なら、〜で……別れましょう」
という父の話し声が聞こえた。
体中から力が抜けた。
「離婚してしまうの?」
胸がギュッと縮む。
すると母のわめき声に変わったが、
なにを話しているのか聞き取れない。
私は離婚の三文字を聞いて、
体の力が抜けてしまっていた。
そのまま階段の手摺りに捕まり、
へたり込んだ。
「ワン、ワワワワワン!」
突然いちばんボス犬のタローが、
けたたましい吠え方を発したことで
我に返り立ちあがった。
「タロー、タロー!」
出せるだけの大きな声で呼びかけると、
父が母の腕をズルズルと引っ張りながら、
リビングから廊下に出てきた!
転がるように階段を駆け下り、
「パパー!やめてよー!
手を離してー!お願いー!」
父の目には
私などまるで写らないかのように、
黙ったまま母をつかむ手を離さない。
必死になって父の腕にぶら下がり、力づくで叩き、
爪で思い切り引っ掻いたり、
噛みついたりするけれど、
離さない。
犬たちは父には噛みつけない代わりに、
すごい勢いで吠えて威嚇する。
母はとうとう引きずられながら、
父のオフィスの中へ入って行ってしまった。
扉を閉められたオフィスの前で、
もうどうしていいかわからなかった。
とりあえず興奮している犬たちを
表に出そうと思って、
玄関のあるリビングへ行くと
そこにはYさん夫婦が立ち尽くしていた。
Yさんたちは日本人駐在員で、
まだ幼稚園児以下の子供たちが
3人いる若いご夫婦だ。
家族ぐるみのお付き合いで、
よく家に小さな子供たちを連れて、
遊びにきていた。
後で母から聞くと
両親と同じパーティーに出ている最中に
両親の喧嘩が始まり、
心配で付いてきてくれたそうだ。
お客さんがいることなど知らなかった私は、
リビングで2人を見つけて固まった。
するとYさんの奥さんが
振り絞った声で
「セリちゃん、こっちにおいで」
と手招きした。
私の肩に腕を回すとその腕で、大きく背中をなでてくれた。
Sさんといい両親といい、
しばらく家の中でまともな大人たちと、
接していなかったことに気がついた。
なでてくれる背中は温かくて、心地よかった。
その日の記憶はそこで途絶えている。
その後の数日の記憶も断片的になっている。
しばらくして思ったのは、
あのとき家には家族全員がいたのに
どうして他の兄妹は起きなかったのだろう?
それにSさん。
彼こそなぜ乱暴をする父を止めに入ってくれなかった?
本当に最後まで、頼りにならない迷惑なだけの人だった。
父が正気を失っていたとしても
Yさんご夫婦の目や、
犬たちの威嚇、
私が起きてきたことは、
少なからず母への暴力の
抑止力となっていただろう。
母は殴られずにすんだ。
投稿がお気に召しましたら、ポチッとクリックをお願いします!
↓いつも応援ありがとうございます。