父から「いい加減地に足を着けろ」
というメッセージをもらったヨシユキさんは、
それから間もなく実家を出て、都内で一人暮らしを始めた。
現在派遣社員として働く傍ら、通信制の大学を受講している。
これまで勉強を頑張ったことなどなかったのが、
通信制の大学を受講することで、
「目的を持って勉強するってこんなに楽しいことなのだ!」
ということに、生まれて初めて目覚めた。
「大人になっても何も楽しくない」
と思っていたが勉強をする楽しみを覚えたことで、
やってみたいことが出てきた。
正社員雇用もされたいし、
もっといろんな楽しみを追求することで、
何か自分の人生の展開が変わるかもしれない。
自分のやりたいことに挑戦するためには、就活も必要だ。
これまで女性の格好をして面接を受けるのが嫌で、
就活も思うようにできずにいた。
けれども戸籍を男性に変えることができたなら、
そんな悩みはなくなる。
そこでヨシユキさんにお会いしたときに、
私が最初に抱いた疑問を聞いてみた。
「見た目も、話をしていても男性としか思えませんが、
手術をするのはなぜですか?戸籍の性別変更だけではダメですか?」
その理由を教えてくれた。
現在の法律で戸籍の性別変更を受けるには、
性転換手術を受けなければできないということだった。
また性転換手術を受けるまでの流れとして
・精神科医で診断を受ける。
・性同一性障害の診断を受けた後で、3週間に一度のホルモン注射を受ける。
・一年間ホルモン注射を続けてから、性転換手術を受けることができる。
と説明してくれた。
手術で子宮、乳房を摘出した時点で「性転換手術」とみなされて、
戸籍の変更が可能になる。
性器を新たに接合させることも可能だが、
これは任意のもので費用もかなり掛かってしまう。
手術は国内外で受けることが可能だが、
国内は費用が高いのと症例がまだ少ないということで、
海外で受けることが一般的なようだ。
昨年2月からホルモン注射を受け始めたヨシユキさんは、
1年が過ぎてタイへ渡り手術を受ける。
渡航期間は2週間で、うち4日間は入院をする。
タイでは日本人の希望者が多いため、
手術の際、通訳も付くので言葉の不安はない。
術後はホルモンを自分で作り出すことができないので、
定期的にホルモン注射を受ける必要がある。
聞いているだけでため息が出るほどの、遠い道のりだ。
性転換手術を受けなければ、
戸籍の性別変更ができないことも知らなかったし、
手術を思い立ってお金があっても、
すぐに受けられるわけではないことを、初めて知った。
これだけの手順を踏もうと考えるに至るには、
相応の覚悟が必要だと思った。
これまで自分の性別に苦しんだとはいえ、
なにがヨシユキさんにここまでの決心をさせたのだろう?
心の変化が出てきた
ここ数年間でヨシユキさんの心には、大きな変化が起きていた。
まず第一に障害を受け入れることができたことだ。
以前は障害など絶対に受け入れない、手術もしないと思っていた。
自分の障害は「恥ずかしいもの」と思っていたから、
自分に障害があることを決して認めることはできなかった。
周囲の人たちからどれだけ「恥ずかしくない」と言われても、
頑なに受け入れられずにいた。
父からのメッセージが直接のきっかけになったかどうかは、
わからないけれど、徐々にそういった人たちの言葉掛けで、
少しずつ自分の心を解放して行くことができた。
自分の障害は恥ずかしくなどないと思えたときに、
目的を持つことができるようになり、
楽しいと感じられるようになった。
20歳で初めてアメリカへ旅行へ行って以来、
海外に魅せられ毎年1度は行くようになったことも関係している。
これまでに行ったのはアメリカ、フィンランド、フランス、
ベルギー、タイ、韓国、中国、エジプト……..と驚くほどの、
海外旅行経験を持っている。
海外で異なる文化に触れたことも、
頑なだったヨシユキさんの心を和ませてくれていた。
それにより旅行業にも興味が出てきた。
また読書家だった母のおかげで、
子供の頃から家には蔵書がたくさんあった。
人前で自分の主張をするのは苦手だけど、
本を読むことも文章を書くことも大好きだ。
これからは文章も書いてみたいと思っているし、
本を読む楽しみを覚えさせてくれたのは母で、
とても感謝をしている。
ヨシユキさんが戸籍の性別変更を決心をしたきっかけは
ひとつではなく、こういった様々な要因が合わさったものだった。
「恥ずかしいことじゃないよ」
今同じ障害に苦しんでいる人へ、経験者にしかわからないコメントを
投げかけてもらえないだろうか?とお願いした。
「恥ずかしいことじゃないよと言いたい」
自分で障害が恥ずかしいことではないと認めるのに、30年近く費やした。
けれども認めてしまった後は、自由な感覚になることができた。
「人って変わるんですね。
数年前の頑なさとはまったく考え方が変わっているんです」
まるで誰かの話をしているように、自分のことを表現した。
最後の質問
インタビューを終了して数日後、
私にはどうしても聞いておきたいことが出てきた。
ヨシユキさんは戸籍の性別変更をするために、手術を受ける。
よくよく考えた末の決意の固さも、女性性に対する未練がないことも、
インタビュー中納得していた。
けれども現在の法律では無理なことであっても、
もし手術をせずして戸籍の性別変更が認めらていたら、
果たしてこんなに大変な手術をするだろうか?という質問だった。
ヨシユキさんから、次のような返答をもらうことができた。
「いただいた質問ですが多分 YES ですかね。
自分の中で手術を受けるのはケジメのような気がしています。
目指すところは、戸籍の変更ではないのではないかと。
きっとこの先日本の制度が変わって、
手術をしなくてもよくなるかもしれないですが、
後悔はしないです。
どんどん変わっていく自分を、今は素直に楽しめています。
うまくまとまらないですが、今の気持ちです」
答えにくい質問に、答えてくれたことにお礼を言うと
「手術をする前に自分の決心に後悔はないか確認する、
いい機会になりました!こちらこそありがとうございます」
と返してくれた。
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