同病相哀れむ(どうびょう あいあわれむ)と言いますが……

突拍子もない過激なタイトルにしてしまいましたが、思うところがあって書くことにしました。

暗い話ではなくて、個人的にちょっとだけ感動した話です。

自分自身の備忘録として記録をしておきたくなったので、おつきあいいただければと思います。

私には四半世紀以上に及ぶ付き合いの「ときどき死にたい病」にかかる友人がいます。

以前(特に20代)は私も同じ病で、一緒に励まし合ったりしていました。

長年にわたる友人は他にもいますが「死にたい」という言葉を、異常なことではなく受け止め合えるのはその人とだけです。

最初に「死にたい」と自覚したのは幼稚園児のとき

私が「死にたい」という感情をはっきりと自覚したのは、4歳のときでした。

それ以来つらいことがあると「死にたい」という言葉が脳裏に浮かんでいました。

けれどもある日「死にたい」という氣持ちになった際、それは「うまく生きたい」の裏返しなのだということに氣がつきます。

ただ「死にたい」という表現方法しか知らずに、使っていたのだと思います。

「うまく生きていきたいのに、どうにも生きづらさが邪魔をする」そんなときに「死にたい」と表現してきたのです。

そうして「うまく生きようと思わなければいい」という、自分なりの結論に至ったのです。

今年は思いがけなく、スタートダッシュが早いです

話は変わりますが昨年は公私ともに、休眠を決め込んでいた私。

そうしてそれが大変心地よかったので、今年もそんな年になるのだろうと昨年末は考えていました。

そのときのブログはこちらから → 毎回長い文章を読んでくれてありがとう!また来年もよろしくお願いします♪

とにかく「氣の向くまま、思うがまま」という氣持ちの元、行動をしようと一年を振り返り考えていました。

ところが今年に入って、なぜか急に活動的になっています。

昨年最後のブログで書いていることと、真逆のことをしていて「なーに言っているの?」って自分で面白がっています。

すべて遊びとして楽しんでいます

新しい勉強も2つほど始めていますし、遊びもストリップやバイブバーを開拓してみたり秩父へも行っています。

ブログにはまだ書いてはいませんが、その他にも様々な場所を訪れています。(そのうち書くかも⁈)

っていうか勉強も私にとっては「遊び」の範疇なんです。

そのなかのひとつが『量子力学と脳科学』という、まったくこれまで興味のなかった分野です。

前置きが長くなりましたが、まだこの講座を語れるほど理解しているわけではありません。

ただ面白いのです。

先週の講座では「自分の意識は電波のように、事象や他者へ拡散する」という理論の裏づけを科学的な方向で学びました。

実際にワークで確かめるのです。

どのようにすれば自分と相手のよいエネルギーを高めて、なにをすればエネルギーを低くするか?

自分の発するエネルギーがどういうものなのかを、受講生と実験して体感できるのです。

久しぶりに「死にたい」という言葉が出てきました

講座終了後はそこへ集っている受講生の皆さんと、ワイワイガヤガヤと楽しく飲んで食べて帰った後のことです。

寝ようとしているときに「死にたい」という言葉が脳裏をよぎります。

はっきり言ってもうこの感情は、長らく私のなかには存在していませんでした。

しかもさんざん好き放題楽しく日々を過ごしていて、この思考が頭をよぎる意味がわかりません。

けれども出てきてしまった以上は、心理ワークで解消したほうがいいと考えました。

そこで枕を自分の分身に見立てて、フワっと抱きしめます。

「そっかぁ。なんか最近いっぱい活動していたから、疲れちゃったかな?」などと何度も心で言いながら、枕をなでてあげます。

「なにも心配いらないよ。グッスリ眠ろうね」と念じている間に、いつの間にか深い眠りに入っていました。(怪しい人間ではございません。ただの心理ワークですから)

またこのワークは死にたい病がある方は、ぜひ実践してみてください。

死にたい病仲間からの電話

起き抜けのコーヒーを淹れていた際「あれ?あれはいったいなんだったのだ?ま、忘れていたくらいだからいいや」と受け流していました。

お昼ごろ、携帯が鳴ります。

かつての『死にたい病』仲間からの着信でした。

お互い忙しく最近はLINEの文字で二言三言交わす程度で、つい先日は誕生日のメッセージをくれたばかりです。

出てみると「今大丈夫?元氣?」の問いかけの後、声が詰まっています。

「どうした?」と聞くと泣き笑いしながら「うん、ちょっと久しぶりに死にたい病が出ちゃった〜」と言います。

セリ:「そっか、疲れちゃったんだね」

友:「うん。それでねなんだか元氣もらいたくなっちゃって、勝手言ってごめん」

セリ:「いいよ」

友:「ねぇ私って運の強い人間なんだよね?私は大丈夫だよね?」

この友人は私が知っている、最も強い運の持ち主です!

強運のなかには、悪運の強さというものがありますよね。

私が知る限りこの友人のドタンバの力の出し方は、ハンパじゃないのです。

私なら一発ノックアウトほどの強さでカウンターパンチを受けても、最終的に自力で立ち直る姿をなんども見ています。

自分ではその力と運の強さに気がついていないようですが、その人でなければ乗り越えられないような壁をいくつも越えてきているのです。

セリ:「そうよ。あなたのような運のいい人、私は見たことない」

友:「そうだよね、そうだよね。わかった、用事すませてくる」

呆気に取られるほど簡単に、友人は氣持ちを建て直しました。

電話の後も強運の後押しをしました

電話を切って少ししてから、量子力学の講座で習った相手のエネルギーを高めるパワーを送ります。

呪文のように「あなたは強運、ドタンバで特に‼︎すごいご先祖様が控えていそう!守られているからね。安心してね」

それ以外にも氣持ちがダウンしたときに食べたほうがいいもの、そうして実行するといいこと。

そんなメッセージを簡単に書いて「返信いらないよ」と付け加えて送りました。

前夜私が『死にたい病』だったのは、友人の思考の受信だった⁈

メッセージを送信してから思ったのですが、その日の友人は泣いてはいましたが、今までより明るい『死にたい病』患者だったなぁと。

以前なら何を言ってもダメだったり、ひどいときは逆ギレをされることもありました。

ところがその日は、確認作業のような速さです。

そのときに「あれ⁈昨日の私は彼女の思考を受信していた⁈それでもって私は彼女に心理ワークを遠隔でしていた⁈だからあんなにアッサリと⁇」そう思いました。

「なんどもメッセージを、読み返していたよ」

夜になって「おかげで無事に家に帰ってきたよ。用事も全部すませることができた。途中なんどももらったメッセージ読んでいた。いつもありがとう」と返信を受け取りました。

彼女は大丈夫だと思っていましたから、メッセージを送信後彼女のことは考えていませんでした。

それに返信不要と書いていたので、返信がくると思っていませんでした。

しかもササッと書いて送ったメッセージを、なんども読み返してくれていたとは!

今回は偶然とも言えるので、今後も実験は続きます

この量子力学の理論からすると、サイキックの人たちが遠隔治療をするのは可能だということでした。

「すごーい!私、サイキックになれるかも⁈」と誰に言うでもなく、勝手にワクワクしています。

もしかすると講座で受けたワークが効いている状態だったから、起こったことかもしれません。

終了まであと4ヶ月ありますが、私の潜在意識をどこまで開花させることができるのか。

楽しみにしていますし、していてくださいね!


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