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酒乱の父、不満だらけの母、共依存関係の親に育てられて前編はこちらから

短大を卒業してからキャバ嬢に

短大を卒業したまるさんが、夜間の専門学校に通っていたときにいくつかアルバイトをしていた。
そのうちの1つが、専門学校が終わった後にでもできる仕事だ。

学費を稼ぐために効率よくお金が稼げる仕事として選んだのが、キャバ嬢だった。
この仕事のおかげで、お金に不自由しないようにはなれた。

正社員雇用をされるのには困らない年齢だったし、
企業に勤めれば、お金に不自由するという心配はなかっただろう。

けれども短大に入って、
やっと少し他人とコミュニケーションを取れるようになってはいても、
組織に属して仕事ができるという自信はまだなかった。

漠然とではあったけれども、
他者とのコミュニケーションの取りづらさや、不安定な情緒の問題も、
お金があれば解決できるのではないだろうか?とも思っていた。

キャバ嬢の仕事は競争が激しかったし、
若いとはいえ夜間の学校を終えてから働くことは、体力的にもとても大変だった。

なかには優しいお客さんもたくさんいて、感謝をされるということが嬉しかった。
お客さんに気持ちよく飲んでもらえると、チップとしてかなりの額をもらうこともできた。

これまで親から家でほめられたことも、喜んでもらえたこともなかったまるさん。

この仕事で人から感謝をされる喜びを覚えた。
自己承認を多くのお客さんからもらうことができた。

お金も貯まったことで4年間のキャバクラ勤めを辞めて、
26歳になったときに一般企業の正社員として働き始めた。

苦しかった10年間

順調な波に乗ったかに思えたまるさんの人生だが、
ここからまるさんの苦しい10年間が始まる。

それまでアルバイト生活しかしていなかったので、社会保険に加入していなかった。

すると
「今までどこで働いていていたの?なにをしていたの?」
と上司に問いただされるが職歴がない。

キャバ嬢だった過去を言うわけにもいかない。
初めて勤めた会社で職歴がないということに、負い目を感じた。
負い目を感じるので上司とも、コミュニケーションが取りにくくなっていった。

やっと社会人になる心境になれたのに、
子供のころからの誰とも話ができなかった、まるさんが顔を出す。

コミュニケーションが取れなかったせいで、まるさんは萎縮して仕事ができなかった。

萎縮した自分に上司もイライラして、まるさんへ厳しくする。
2年はなんとか頑張ったけれども、精神的に限界を迎えて退職した。

幸い退職した3ヶ月後には、専門学校での勉強が役に立つ新たな仕事が見つかった。
正社員としてすでに2年のキャリアもできていたので、職歴を聞きだされる心配もない。

前職でコミュニケーションが取れなかった自分自身の反省点をふまえて、
この会社では積極的にコミュニケーションを取るようになった。

アットホームな会社で居心地はよかったのだけど、
1年半ほどたって他社と吸収合併することになり、
それを機にフリーターのころから付き合っていた男性と結婚することにした。

実はインタビュー中ここでいきなり男性の話が出てきたので、私は驚いた。
するとまるさんも「この話をするまで忘れてしまっていた存在だった」
と言うほどあっけなく終わった結婚生活だった。

だらしのない夫

独身のころからお金にだらしなく、部屋もグチャグチャに散らかしていた男性だった。
交際中彼の家に遊びに行っていると「ピンポン」と呼び鈴が鳴った。
玄関に出てみると、滞納した家賃の取り立てだった。

その他にも「同僚からお金を借りている」などという話を聞いてはいたが、
親の印象も悪くなく「この人はやめておきなさい」とも言われなかったし、
30代に入って間もなく結婚をした。

前職を退職した後、まるさんは派遣社員になっていた。
給料は家に入れてくれていたのだけど、現金支給の会社だったので、
自分の必要な分を抜いた額を渡されるようになった。

「(給料が)少なくなったのは、会社の状況がまずいから」
と言いくるめられていた。

ある日彼は失踪した。

失踪中に彼の上司から連絡があり、
「彼が会社を辞めていたことを知っているか?」
と聞かれて、まるさんになんの相談もなく辞めていたことがわかった。

またその上司からも、お金を借りていたことが判明した。

失踪後1週間で彼は見つかったが、まるさんは速攻で離婚を決意して成立した。
1年ほどの結婚生活だった。

一文無しの元夫がなかなか借りていた部屋から出て行かなかったり、
上司への借金の肩代わりをまるさんがしたりで、貯金も底をついてしまっていた。

ふたたび実家へ

経済的な事情で、離婚後実家へ戻るしかなかった。
家へ戻ると母親が他人とまるさんを比較し、
批判を浴びせるという生活はあいかわらずだった。

「あなたはその程度の人間なのだから、高望みをしても無理よ」
といった見下す発言はさまざまな場面で、形を変えて母から発せられていた。

毎日ではないにしても、これはまるさんの幼いころの古傷をえぐる行為だ。

仕事も就職先が倒産などの憂き目にあい、思うように続けることができなかった。

26歳で正社員雇用されてから、仕事を転々とする生活は、
ほぼ10年も続き自分のあり方に安心感が持てずに過ごしていた。

条件のいい現在の仕事が見つかるまでは、
思ったようにお金を貯めることができず、家を出るきっかけをつかめずにきた。

タロットに出会ってから、運命が変わり始めた!

勤めて3年になる現在の仕事はすべてを任されていて、
自分の力が発揮することができるので、とてもやりがいはある。

けれどもすべて自分がやるということは、
ある意味「なんでも屋」的な要素もありとても忙しい。

今はそれでもいいのだけど、10年後に続けていけるかということを考えると疑問だ。
またいつかは自分の専門性を生かした仕事で、独立開業をしたいとも願っている。

そんなことを考えて2年ほど前に受けたタロット占いで、心が休まるようなアドバイスをもらえた。

そこからタロットに興味が出て、講座へ通い始めた。
自分を占ってばかりいても進歩がないので、ワークショップに参加して、他の人たちを占うようにもなった。

人に感謝されたり、喜んでもらえたりすることがとても嬉しい。
実家を出る資金もできたし、住みたい場所へ移り住んだ。

ワークショップがきっかけで、現在お付き合いしている彼氏にも出会えた。

今の彼には「甘えるということがわからないので、その練習をさせてください」
と正直に伝えると、それを快く受け入れてくれる優しい人だ。

タロット自体がなにかを変えたというより、
タロットというコミュニケーションツールを使うことを覚えて、
自由に想いを発言をすることを覚えたのだ。

人への苦手意識が少しずつ薄まり、いい出会いが次々と始まった。

半年前に一人暮らしを始めてから「帰りたくない」と思っていた。
実家の母に帰りたくなくなる理由を、
メールでしたためて、伝えることが生まれて初めてできた。

まるさんが今の平穏な心境に到達できるようになるまで、
平和な家庭に育った人たちの何十倍もの努力が必要だったと思う。

でも止まらずに仕事も、出会いも探してきたから手に入れることができた。

これまで親から吸い取られていた「生きるパワー」を自分自身にすべて使い始めたことで、
自分が強くなり、依存的な相手が近寄らなくなることを体現している。

この状況を続けていけば、きっと数年後にはもっとイキイキとして、
内面からの本当の自信にあふれた、まるさんと出会える気がする。


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