タンザニアに到着して、数日間はホテルに宿泊した。

首都ダルエスサラームの、中心地にあるホテル。
洗面所のタオルは、雑巾みたいにボロボロ。
蛇口をひねると赤土が混ざった茶色い水が出る。
その水で洗濯をするから、雑巾のようになってしまうのだ。

町中を歩くと腐った野菜や、果物の皮があちこちに落ちているのをつまさき立ちで避けて通る。

片目が潰れていたり、膝から下がなかったりする物乞いもいる
歩行者の半分以上が裸足。
恐怖で父の手をギュッと握りながら歩いた。

インド人移民が人口の多数を占めるこの国では、インド料理店が多い。

到着して初めて連れて行かれたカレー屋は、店内になぜかアンモニア臭が漂っていた。(下水道の状態がよくないため)

気温が40度近くあるので、いつも喉が乾く。
ヨーロッパを回ってきたときも、水道水は飲むなと言われていた。

席に着き
「ミネラルウォーターが飲みたい」
と父に頼むと

父:「ないよ」

セリ:「じゃあなに飲むの?喉が渇いた」

父:「現地のレストランでは、瓶に入っている炭酸飲料しか飲んじゃダメ。
水道水にはコレラ菌が入っているから、飲むと死んじゃうよ 」

コレラ菌……。

現地人は質が悪くても、水道水を飲む。

毎日飲んでいれば、体に菌の免疫があるから大丈夫。

でも外国人家庭では、家にバケツを2段に重ねたような濾過器がある。

一滴、一滴濾過するから上の段のバケツ状の容器に入れた水が、下の段の濾過水と変わるまで半日かかる。

次に濾過した水を煮沸して、空き瓶などに移して冷ましてから、冷蔵庫に入れておくのが一般的だ。

とても手間がかかる水。貴重な水。

頼んだコーラは冷えていない。

暑い国だから、ホットコーラになっている。

セリ:「氷ください」

父:「ダメ。生水凍らせているから」

バーモントカレーしか食べたことがなかったので、チキンカレーがスープみたくサラサラしているのが不思議だった。

セリ:「カレー、なんだか変わった臭いだね」

父:「これ『ギー』っていう油の臭いなんだよ。慣れたらおいしいよ」

店内のアンモニア臭と、暑さと、ギーの臭いに慣れなくて、なにも喉を通らない。
初日からアフリカへきてしまったことを後悔した。

日本に住んでいた頃はとても痩せていたのに、
1ヶ月回ったヨーロッパでモリモリとハイカロリーなものを食べすぎて、丸々と太っていた。

でも到着一週間で暑さと、さまざまな臭いで食欲が湧かず、すっかり痩せていた。

両親は私たちをホテルに残し、新居のアパートの家財道具探しに奔走している。
その間に私たち兄妹は、やることがないのでホテルの館内をブラブラ歩いていると、
従業員がなにかをパーンと、目の前で蹴飛ばした。

笑いながら、歩き去る従業員の蹴ったものを見ると白ねずみだった。
瀕死の状態でピクピクしている。

部屋へ戻り、持っていたお菓子の缶のなかにトイレットペーパーを敷いてねずみのベッドを作った。

「チューちゃん」

そう名付けて兄妹で話し合い、飼うことに決めた。
ハムスターと似たようなものだと思っていたのだ。

両親が部屋へ戻ると
「ギャッ!ねずみ!噛まれたら大変!すぐに捨てなさい!」

この国に病院はあるにはあるが、薬剤も不足していたし、ヤブ医者も多かった。注射針も足りないので、使い捨てではない。大きな病気やケガになるとヨーロッパへ渡るか、帰国するかしかないのだ。

そんなに危ないものが、平気で館内をウロチョロしていたとは。
捨てるわけにはいかないので、ベランダに缶ごと出した。

翌日見ると、もうチューちゃんはいなかった。
歩けるようになったのだろうか?

ベッドサイドのテーブルに置いていた、母の腕時計も盗まれた。

生まれて初めて経験した、盗難事件だった。

この国は終戦直後の日本のようだと、両親は言っていた。

水も飲めない、臭くて、汚くて、泥棒のいる危ない場所。

「アフリカはねぇ、優しい人ばかりでいいとこだよ。きっと大好きになるよ!」

出発前に父から聞かされていた話とは、ほど遠い現実があった。

 

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